Jun 14, 2011
FX業者のイメージが変化している。
FXは悪いイメージがあったのだが、最近では週刊誌にも載ってないようになってきたし、ニュースにもならずきたため、悪徳のFX業者ではなくなってきたものと考えている。しかし、生き残ったのFX会社にも試練が待っているようだ。レバレッジ規制などFX業者で見ると、収益の機会を剥奪しているということだった。普段はほとんど書かないし、あまり慣れていない人もいて、分かりにくいと思いますが、手形を使った換金方法、資金調達時にこの割引があります。手形割引は、簡単に言えば、有価証券である手形を金融機関で現金化されます。その時になるまでに利息、手数料などが引かれ、残りの金額が手元に残っています。
◇片手で扱える軽さ−−栽培歴40年の加賀さん
大玉スイカに比べて軽くて持ちやすく、冷蔵庫に入りやすいうえ、冷えやすい。皮が薄いためごみの量も少ない。こうした扱いやすさもあり、小玉スイカの需要が伸びつつあるという。
気温が30度を超えた8月上旬に尾花沢市二藤袋の畑を訪ねた。葉に隠れがちな小ぶりなスイカが点在する。
「黒くてかっこいいべ」とスイカ栽培約40年の加賀一幸さん(60)=同市正厳=は満足そうに笑った。小玉スイカの「ひとりじめ」だ。今月下旬から始まる収穫シーズンを前に、日差しをいっぱい浴びていた。
ひとりじめは、一般的な緑と黒のしま模様ではない。全体的に黒っぽい果皮が目を引き、赤い果肉の品種。重さは一般的な大玉スイカより5キロも軽い1個2キロ前後だ。
加賀さんは約1・5ヘクタールのスイカ畑を所有し、大玉を中心に栽培するが、小玉も手掛ける。3年前、奈良県の種苗業者から勧められた種を取り寄せて約100本の苗を作り、栽培した。
栽培中は半信半疑だったが、完熟した果肉を食べて、そのおいしさに驚いた。「従来の大玉スイカにはどこか野菜のイメージがつきまとうが、これは見た目も新しくて完全にフルーツ」と目を輝かせる。糖度は「しっかりと甘みを感じる」とされる13度で、桃を思わせる芳香とみずみずしさに「これはいい」と魅了された。
作付け3年を経て、面積は35アール、苗は約800本まで増やした。今年は約800箱(1箱4〜5個入り)の出荷を見込んでいる。
早生種で全国的に流通する小玉品種「姫甘泉」が1キロ当たり200円で取引されるのに比べ、ひとりじめは、甘みの強さや希少価値などから価格は倍程度に上がる。
収穫期が8月下旬から9月上旬の「遅出し」で、大玉スイカの流通も少なくなる時期に重なり、付加価値が高くなる。
加賀さんにとって、ひとりじめの魅力は、それだけではない。「片手で持てるのがありがたい」と作業の負担が大幅に軽減されることに触れる。
「収穫と出荷は朝夕の1日2回。還暦を過ぎて年を重ねていけば、重くて取り扱いに気を抜けない大玉を扱うのは、なかなか大変だ」と明かす。
「あんたんとこのスイカはうまいなあ」。などというファンの声を受け、加賀さんは来年の作付けをさらに2倍に拡大しようと考えている。【長南里香】=つづく
8月16日朝刊
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◇生活用品なども展示
第二次世界大戦中の人々の生活や、戦地にいる兵士と家族との間で交わされた手紙などを紹介する「戦争とくらし展」が、飯塚市柏の森の市歴史資料館で開かれている。28日まで。
激戦地だった硫黄島などで戦死した兵士が、生前に飯塚市などに住む家族のことを気遣って戦地から送った手紙約30通や内地で待つ妻の日記を、市遺族連合会の協力を得て展示している。
旧海軍飛行予科練を経て特攻隊員として待機中に終戦を迎えた飯塚市出身の惣門秀男さん(故人)が戦後に書いた回想録から、訓練や生活ぶりを描いた挿絵約40点をパネルにして紹介。物資不足の中、配給物資の購入票や金属を使わずに作られた陶製のボタンや湯たんぽなども展示されている。
入館料は大人220円、高校生110円、小中学生50円。火曜休館。同館では、山本作兵衛の炭坑記録画21点(原画)も展示されている。市歴史資料館0948・25・2930。【笠井光俊】
〔筑豊版〕
8月16日朝刊
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◇戦没者追悼式典、祭壇に玉串ささげる 130人が参列
66回目の終戦記念日を迎えた15日、県内でも各地で戦没者を追悼する式典などがあり、戦争体験者や遺族らが、それぞれの思いを胸に平和と鎮魂を祈った。
第二次大戦などの戦没者5048人が祭られている久留米市野中町の忠霊塔前では、戦没者慰霊平和祈念祭実行委員会(河北宣正委員長)主催の式典があり、約130人が参列した。
式典で市遺族連合会の栗野工精(のりあき)会長(76)は「戦後、日本は国民の努力によって目覚ましい発展を遂げたが、今日の平和と繁栄は戦没者の方々の尊い犠牲の上に築かれたもの。私たち遺族は悲惨な戦争の教訓を生かし、世界の恒久平和の確立に努めることを誓う」と語った。
参列者たちは、蝉時雨の中、祭壇に玉串をささげて目を閉じ、亡くなった家族や戦友を思いやった。
フィリピンに出征し、戦死した兄の冥福を祈った同市山川追分の鹿子島豊記さん(80)は「戦後66年になるが、近年は若い世代の式典参加が少なくなったと思う」と話し、戦争の風化を憂いた。【松尾雅也】
〔筑後版〕
8月16日朝刊
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